第3

「真理をめぐる論法を」

不信と信を揺れる―親鸞で読む人間模様   芹沢俊介

 『教行信証』化身土の巻に触れながら、親鸞は『論語』が好きだった、と書いた(第三十七回)。きっと、無条件で、大切な書とみなしていたに違いない。仏教と対立的な儒者たちと孔子を、分けて考えていた。『論語』の中の孔子は、圧倒的に魅力的であった。それでなくて、化身土の巻を孔子の言葉で結ぶなどということは起こらなかったであろう。

 『論語』は、全十巻二十篇五百十二の語録で構成されている。弟子たちが目の裏、耳の底に残る師孔子の言行を記録したものだ。その点で『歎異抄』と同一である。「故親鸞聖人御物語之趣、所留耳底、聊注之」(前序)。故親鸞聖人を故師孔子と置き換えれば、そのまま『論語』の序となる。

 唯円の言葉に、親鸞の生々しい声、姿が現れてくるのが、『歎異抄』だ。『論語』もまた、弟子たちの記述から、孔子の息遣いが生き生きと伝わってくる。それだけでなく、親鸞と孔子、二人は、その思想の作り方が下降的、自己抑制的である点でも、よく似ているのである。二人は、その考え方が上昇的、自己拡張的になることを心底嫌った。

 『歎異抄』との絡みで、好みの章句を一つ選べと言われたら、巻七子路第十三の十八、この章句に指を屈する。

 「葉公、孔子に語りて曰わく、吾党に直躬なる者あり。其の父、羊を攘みて、子これを証す。孔子の曰わく、吾が党の直き者は是れに異なり。父は子の為めに隠し、子は父の為めに隠す。直きこと其の中に在り。――読み下し・金谷治」

 無知をかえりみず、思い切って、私釈してみた。

 「葉県の長官(葉公)は、自分の正義に基づいた統治法が、地域の隅々にまで強力に浸透していることを、孔子に自慢したくて、言った。私の管理する県に、正直者の躬という男がいます。どれほど正直かと言うと、彼は、悪に関して潔癖で、父に対してさえ容赦しないのです。父親が羊を盗んだとしましょう。すると、彼は、その事実を暴き、父を訴えるのです。我が地域の正義は、そうした躬のような善人によって、になわれているのです。

 聞き終わると孔子は、おもむろに言った。私がある地域の統治を任されたとしたら、次のような民の姿、あり方を構想するでしょう。そこでは、子は父のなした悪を、父のために隠すのです。子がなした場合は、父は子のために隠すのです。正直ということは、その中に自ずと現れるものだと思うのです。」

 ここで、隠すということは、なされた行いを、なされなかったことにするということではない。あったことを、なかったことにしようという話なのではないのである。それをまず確認しておこう。

 では、何の理由があって、子は父のため、父は子のため隠すのだろうか。孔子の統治の理解からすると、躬さんのような人は、葉公の権力(=強制力)が生み出した善人ではあっても、ほんらいの正直者ではなかった。かくして、ほんとうの正直を見つけるために、と孔子は答えるのである。それ以上、細かくは述べられていない。ただ、読む者は、真理をめぐって、いまここに、驚くべき論理が駆使されていることを直感するのである。

 正直は悪を暴くところに現れるのではなく、逆に隠すところに現れるのである―。

 この鮮やかな逆説法、パラドックス!

 こうしたパラドックスという、真理をめぐる論法を、親鸞が学ばなかった、などと想像することの方がむずかしい。この章句を味到することなくして、『歎異抄』第二章の、目の覚めるような書き出しははたして誕生したであろうか。

 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいわく…」。

【第39おわり】南御堂新聞20217月号掲載 / 2022/2/1オンライン公開