第一回
南御堂新聞
紙面評価委員会

メンバー

伊藤数子さん

NPO法人STAND
代表理事

乾文雄さん

京都教区正念寺住職

中山郁英さん

合同会社Kei-fu
プロジェクトマネージャー

磯野賢士さん

磯野・熊本法律事務所
代表弁護士

 難波別院では、2023年12月7日に「『南御堂』新聞・紙面評価委員会」を開催いたしました。また同委員会に先立って、「企画編集スタッフ会議」を行っています。

 同委員会は、『南御堂』紙の作成にあたって、さまざまな分野の方から企画・取材・編集の方向性について意見を伺うことを目的に新設された委員会です。

 当紙では一昨年、一部の記事においてハラスメントの問題が表出し、編集部のハラスメントに対する意識の欠如が明らかになり、これまでの企画や編集・取材の方途に多くの課題があることを確認いたしました。

 また近年では、スマホやパソコンが全盛の中において、従来の新聞紙面やその他の発信に加えて、あらたな教化発信の手法が必要となっていることを痛感しています。

 そこで今後どのような手法で、仏教の教えのもと現代の悩みに応えていけるような紙面にすべきかを模索しており、社会から願われている『南御堂』の役割を確かめる局面にあると感じています。

 そこで今回、2024年3月号において特集された委員会の様子を、南御堂オンラインにてあらためて紹介いたします。中でも3つの課題「①紙面のレイアウトに関する課題」「②お寺の教化発信についての課題」「③ハラスメントや差別的と受けとめられる表現に関する課題」について会議で出たさまざまな意見を紹介いたします。

紙面の
レイアウトに
関する課題

乾 まずは圧倒的な読み応えを感じます。作り手の意欲も感じられますし、非常に苦労されているなということが紙面から伝わります。

 ただ、私が感じるのは「読者の対象をどこに向けているのか」が分かりにくいことです。例えば、教区内の寺族向けの情報等は、他に媒体があればそこでまとめて報じるなど考えられます。

 そして、高齢者の読者に向けて、もう少し文字を大きくして視認性を高めてもよいのではないでしょうか。

 また内容について、例えばこの新聞のねらいを、「①真宗の教えに触れるきっかけとなる紙面」「②僧侶が門徒に紹介したくなるような紙面」の2つに絞って制作するなど、それだけでも紙面の雰囲気はガラッと変わるでしょうね。寺院向けの情報を掲載できる他の媒体が無い場合は仕方がありませんが。そのうえで、紙面のレイアウトやデザインも考えていけたら良いと思います。

伊藤 読み応えに加えて、何より真宗大谷派という裏付けされた正しさと、安心感を与えてくれる新聞だと思います。

 さて課題についてはいくつかありますが、一般の読者寄りな私の視点で申しますと、部分的に内輪感がありました。例を挙げれば、「人事」の記事などです。必要ないという意味ではありませんが、そういった内輪向けの情報、寺院向けの情報は一つにまとめる。そして一般の関心を引く記事は、違う場所に固めた方が読みやすくなるかなと感じました。

 それから文字のことですが、最近は新聞や雑誌も文字が大きくなり、文章は、短く端的に伝えるという傾向もあります。それが紙面にとって良いか悪いか別として、そのかたちを多くの方が求めていることは事実です。だから、『南御堂』も文字を少し大きくして、段落ごとに文章を短くしても読みやすいのではないかと思っております。

 また、例えばページを入れ替えて、読み物とかエッセイとかコラムを前段に固めてあらためて紙面割りを考えてみてはいかがでしょう。それだけでも、ちょっと読みやすくなるかもしれないなという風に感じました。

中山 はじめに拝見した時、いろいろな情報が混在しているので、「対象がバラバラだ」と思ったのが率直な意見です。ですので、「誰を対象として紙面を作るか」、「どういう場面でこれを読まれるのか」、これらをイメージして作ると、見えてくるものがあるのではと感じます。例えば、「家のリビングなどで読まれる」「持ち運びができる」。このように、どういうシーンで使ってもらいたいのかを考えた時、内容も自然と変わっていくのかなというようなことを思いました。

 それから「記事の内容」と、それをどのように届けるのかという「届け方」を分けて議論した方が明確になると思います。それぞれを整理していくといいのではないかと思いました。

 「良い点」と「悪い点」は、表裏一体です。見る角度が違えば、良し悪しが逆転する場合もあります。編集部のスタンスとして、内容に応じて、どの媒体でどう発信していくかを考えていくことが必要だと思います。

磯野 私も、読み応えがあると感じており、これだけの内容を毎月発行し続けてきたことは、別院の財産だと考えています。ただ今後、課題に向き合うためにはやはり「対象」と「媒体」をどう考えていくかが重要だと思います。

 現状、全く関心のない方が『南御堂』を手に取ることは難しいと思います。そういった方たちに届きやすいのはSNSであったりポスターや広告などの媒体です。特に私の同世代(30代)やもっと若い方は自身を「無宗教」だと認識している方も多く、仏教に関心を持っている方自体が少ないと感じます。個人的には毎回、とても勉強になる記事を書いていただいていると感じます。しかし、紙面の顔である「現代と親鸞」(1面)をしっかり読もうと思うと、それだけでも5分から10分はかかります。そうなると、なかなか最初のハードルが高いですよね。

 例えば、仏事について関心を持つのは(仏教を知る)第一歩だとも思いますので、「仏事のイロハ」(12面)をトップに持ってくるなども考えられます。関心のある人、無い人の両方に馴染みやすいようにする。また、それぞれのページの末尾に日常にある仏教用語の解説を記載するなど、全ての面に目を通してもらうきっかけをつくるということも考えられます。そういったレイアウトの工夫は、他の新聞や、子ども新聞などでもみられるものかと思います。

企画編集
スタッフ

武内みどりさん

船場経済新聞
デスク

組織の方向性を
再確認し位置づける

 難波別院では、昨年10月から月に一度「企画編集スタッフ会議」を開催し、船場経済新聞デスクの武内みどりさんに紙面の構成・企画のアドバイスをお願いしています。武内さんには、紙面評価委員会にも同席いただいております。

 武内さんは、「別院全体が組織の方向性としてどうしていきたいのかということを今一度再確認したうえで、その位置づけとして『南御堂』にどういった役割をもたせるのかというのを改めて考えるべきだと思います。それによってターゲットは変わってくるのかなと思いますので、これからどういう人にアピールしていきたいのか、それにはどの媒体が適しているのか。そこを改めて考えたらよいのではないかなと思いました」と考えを寄せています。武内さんには紙面の校正についても共同作業をお願いしています。

お寺の
教化発信に
関する課題

伊藤 私はパラスポーツの現場で活動をしています。今のNPO法人を始めた20年前は、障害のある人がスポーツをしていることさえほとんどの方が知らないような世の中で、『南御堂』の現状をあらわす三角形の図(上記参照)にそっくりでした。

 実は私たちも、最初はパラスポーツに全く関心のない層(図における最下段の対象者)に知っていただく方法ばかりを考えていましたが、うまくいきませんでした。それから考え方を変えて、「スポーツが好きな人」をターゲットにしてみました。するとそのうち興味を持ってくれる人が広がっていったのです。その経験から申しますと、関心を持ってくれそうな層を探るなど、読者を増やしていく方法はあるのかなと思いました。

 また、アプローチの仕方として、SNSにイベントの案内や難波別院のWEBサイトへのリンクをそのまま貼っても、おそらく関心のない人は読まずに去っていくと思います。SNSでは1分で読めるような短い記事を載せるなど、工夫が必要だと感じます。

 また、新聞と一緒におしゃれでファッショナブルな宣伝用のチラシを入れるのも良いかと思います。そうすれば、口コミによって興味のある人に届くかもしれません。

乾 『南御堂』には発刊前月の記事や報告が掲載されており、このスピード感は、宗門の機関紙としては大変なことです。

 ただしその分、編集部にはしかるべき人数を配置されているのかと思っていましたが、編集の実働人数はあまり多くはないようで、余裕がないだろうなとお見受けします。そうなると、やはりどこかで校正がおろそかになり、チェックが間に合わないという問題が起こってしまうのではないでしょうか。

 また、毎月12面のボリュームで、場合によっては記事が不足することもあるかと思いますが、「紙面を埋めよう」という思いで記事を書くと内容がおろそかになり、読み慣れた読者にはそれが伝わってしまうと思います。記事をどの程度載せるか、あるいは絞るかということは非常に大事です。例えば記事を半分の分量にして、最後に「詳しくはWEBへ」と誘導するような工夫をしている媒体もあります。

中山 『南御堂』は、自治体が出している広報紙に似ていると思います。広報誌には自治体についてのいろんな情報が載っていますが、自分が住んでいない地域の広報誌を読む方がどれくらいおられるでしょうか。

 皆さんの話を聞いて、『南御堂』には雑誌的要素も入っているなと思ったんですね。新聞であれば、やはりニュースなので、乾さんの話にもあった通り早さが大事です。一方、雑誌の価値とは読み応えや、書籍化されるような連載などです。新聞より雑誌の方が、バックナンバーの需要も多いと思います。結局、何に価値を置いているかで、掲載内容は変わると思います。あえて新聞という固定観念を外して、内容を考えていくと意外と面白かったりします。

ハラスメント
・差別的と
受けとめ
られる表現
に関する課題

磯野 記事により人を傷つけてしまう可能性があることは、真摯に受けとめる必要があります。繰り返さないということも大事なことです。しかしそもそも、何がハラスメントにあたるのかを明確にするのは簡単なことではありません。法律上違法となるものという意味であれば一定の基準がありますが、自分の言動が世間からどう見えるのだろうか、はたして誰から見ても正しいのだろうか、という観点でハラスメントについて考えると、本当に難しい問題といえます。

 他方で、『南御堂』の性質に鑑みれば「社会的に正しい」とされていることにこだわりすぎず、「仏教的観点から現代の社会問題を見たら、もっと違う考え方があるのでは」というのを発信することにも大きな意義があると考えます。いずれにしても、読者から難波別院がどう見えているのかを意識することが重要ではないでしょうか。

 ただ、文字数が制限されている媒体ではどうしても誤解が生じてしまうということもあります。例えば、SNS等での発信が炎上してしまったというご相談を企業から受けることがありますが、炎上理由をある程度類型化すると、その多くを占めるのが「読み手による誤読・誤った深読み」です。この「誤った深読み」についていえば、読み手が、背後に悪い思想があるはずだと、少ない情報量から文中に書いていないことまで想像してしまい、その結果、書かれていないことまで読み取ってしまったり、書かれた内容の趣旨を誤解してしまったりすることも少なくありません。

 そうした場合の対応としては、「しっかりとした考えのもと発信している」という自分たちのスタンスを持ったうえで、なぜそのような発信をしたのかという理由を説明するということが適切なケースもあります。自信を持って公開したものは撤回しない。その裏返しとして、発言に自信を持てるだけの裏付けをしっかりつくる。そのために、相互にチェックし合う関係が必要になります。

伊藤 私の発信しているサイトなどでは、インタビュー記事やフォトギャラリーに多くのパラスポーツの写真を掲載しているので、さまざまな批判をいただきます。最初の頃は批判にびくびくしていましたが、チームで相談して、いったん掲載した写真は簡単には取り下げないようにしました。「優しさや誠実さを持って自分が正しいと思えることをやる」ということをずっと心がけています。ただ、その中で、本当に相手を傷つけてしまったと思った時には、嘘やごまかしをせずにきちんと受け止めて謝罪します。

 全ての人に満足してもらおうと思うと、反面、その企画の良さが失われてしまうことにもなりかねません。色々な立場からの学びを通して、自分のスタンスに自信を持つことが大切です。

乾 お二人の話にも通じるところですが、私が教師として生徒に一番伝えたいことは「人は縁によってどんなことでもしてしまう」という親鸞聖人の教えです。単にいじめや差別がだめだと伝えるだけではなく、「条件さえ整えば、いじめもしてしまうのがこの私なんだ」という身の事実にうなづかない限り、自覚する気持ちは起こってきません。

 しかし悲しいけれど、どれだけ気を付けていても、生きている限り人を傷つけてしまうのが私たちです。ですから人を傷つけてしまったときに、素直に申し訳ないと思える人になってほしい。

 紙面上での人生相談のようなコーナーは難しいですね。ある相談者が「この回答で心が楽になった」とする一方で、別の方が読まれて納得できないということも起こり得るでしょう。その時に、あくまでも考え方の一つを示しただけ、つまり答えではなく応えであるということを、どのように伝えるかは大事なことですが難しいですね。

中山 私も人生相談を紙面上でする難しさがあるのかな、と思います。回答者と相談者(読者)の双方向コミュニケーションが取れないために、相手がどう捉えたかの確認ができなかったり、文脈が伝わらなかったりということになる。新聞やネットなどで相談系の記事が炎上することがありますが、どうしても「相談」という形式の難しさがあるのではないかと考えています。

共通意見として…

 初回の紙面評価委員を終えて、主な共通意見として「読者の対象をどう考え、設定していくか」という基本の課題を共有することができたと感じています。また「別院という組織全体の方針を再確認し、そのうえで当紙をどの層に位置づけるか」を確かめる大切な機会となりました。

 今後も、紙面評価委員会は年に3回程度の開催を予定し、いただいた意見をもとに点検・修正しつつ新しい教化発信のかたちを目指していきます。委員の皆さま、企画スタッフの武内さん、ありがとうございました。