大阪の芭蕉忌 ―法要と句会―

真宗大谷派難波別院は「松尾芭蕉終焉ノ地」として、古くから俳人たちの心の故郷として親しまれています。

1921(大正10)年に芭蕉翁を偲び「芭蕉忌」法要を勤めて以来、1958(昭和33)年からは「大阪の芭蕉忌」として、毎年法要と句会を営んできました。例年11月頃に開催している同法要と句会に、有縁の皆さまのご参加をお待ちしています。【投句要綱は下記に記載】

2021(令和3)年 大阪の芭蕉忌

選者紹介

※2021(令和3)年の「大阪の芭蕉忌」は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から当日の句会を中止し

さる10月3日に法要のみ勤めました。ここでは、兼題(事前投句)の特選句を掲載いたします。

「天地」主宰

石川 多歌司 先生

(いしかわ・たかし)

1937(昭和12)年滋賀県大津市生まれ。京都大学卒業。現在、俳句集団「天地」主宰。ホトトギス同人、関西ホトトギス同人会代議員。また、公益社団法人日本伝統俳句協会関西支部顧問。大阪俳人クラブ常任理事、滋賀俳句連盟代表幹事。朝日カルチャーセンター中之島教室講師、朝日新聞滋賀俳壇選者なども務める。

「かつらぎ」主宰

森田 純一郎 先生

(もりた・じゅんいちろう)

1953(昭和28)年大阪市生まれ。長年、当別院の俳句活動を支えた故・森田峠氏の子息で、2013(平成25)年に俳誌「かつらぎ」三代目の主宰となった。同誌は、「大阪の芭蕉忌」初期の選者である阿波野青畝氏が創刊している。現在、公益社団法人俳人協会理事・関西支部長、大阪俳人クラブ常任理事、兵庫県俳句協会常任理事、尼崎文芸祭選者なども務める。

「山茶花」主宰

三村 純也 先生

(みむら・じゅんや)

1953(昭和28)年大阪市生まれ。慶應義塾大学、同大学院博士課程国文学専攻終了。1997(平成9)年より「山茶花」の主宰を継承。第三句集『常行』にて第26回俳人協会新人賞、第五句集『一(はじめ)』にて第34回詩歌文学館賞、令和元年度、大阪府知事表彰(文化・芸術)を受賞。大阪俳人クラブ副会長、大阪俳句史研究会代表理事を歴任し、現在、大阪芸術大学教授を務める。

石川多歌司

 2021(令和3)年大阪の芭蕉忌

宇宙への旅も現に翁の忌

(尼崎市)森山久代     

 松尾芭蕉が亡くなって三百二十七年。芭蕉の時代には想像も出来なかったであろう宇宙の旅も現実味を浴びて来た今日此の頃。芭蕉忌を修する作者であるが、芭蕉が徒で各地を巡った時代に比べると、随分時代が変わったものと感慨ひとしおの作者である。時代は移り変わっても芭蕉忌に芭蕉の偉大さを変わらず偲ぶ作者の感慨が伝わってくる句である。

御講凪湖より晴れて来りけり

(大津市)石川治子    

 琵琶湖の北の地域は日本海性の気候の影響が強く十一月になると毎日のように時雨れる。しかし、報恩講が執り行われる頃には御講凪と言う穏やかな日がある。御講凪の日は初冬には珍しく青空を見ることがあるが、その様子を湖より晴れて来たと感じた作者の感性が妙である。待っていた天気の回復を喜び報恩講に思いを馳せる作者なのであろう。

いつの世も寄り添ふ心親鸞忌

(宝塚市)土居美佐子   

 敬虔な浄土真宗の信者である作者なのであろう。作者自身幼少の頃より祖父母や両親に従って報恩講に待っていたと思われる。そして日頃も親鸞聖人の教えを守り親鸞聖人に寄り添って生きてきたが、親鸞忌ともなると尚更その心持が強くなることに感慨を新たにする作者の気持ちが窺える。新型コロナウイルス禍のために一堂に集まれないのが残念である。

森田純一郎 選

 2021(令和3)年大阪の芭蕉忌

写生派の道に果てなし翁の忌

大和高田市)阿部由   

 写生という俳句の作り方は、明治時代に正岡子規がそれまでの月並みや理屈を排した新しい俳句を目指して唱導したものです。江戸時代に芭蕉が軽妙で滑稽な着想によって流行していた談林風の排風を超えて俳諧に高い文芸性を賦与したことと同じく、写生によって俳句を革新し続け、その奥義を極める道は果てしないものです。

いつの世も寄り添ふ心親鸞忌

(宝塚市)土居美佐子   

 親鸞聖人は、「どのような人であれ念仏ひとつで救われる」という本願念仏の教えによって、あらゆる人びとに救いの道を開きました。そして、懸命に生きる人びとと共に暮らし、すべての人に寄り添う心を持って念仏の教えを伝えました。新型コロナウイルスという未知の脅威にさらされる現代、共に生きる気持ちを大切にせねばならないと思います。

翁忌の雲のゆくへを見て飽かず

(桜井市)山本ヒロ子   

 芭蕉は、俳諧の純粋性を求め、世間に背を向けた江戸深川での静寂で孤独な生活を通して、談林諧謔風の俳句から脱しようとしました。また、旅に出て見聞きしたものを素直に述べながら、侘びの心境を反映した句を作りました。芭蕉は俳諧を常に高みに導こうとしていたのです。作者は、流れゆく雲を見ながら翁の追い求めたものを考えていたのでしょう。

三村純也

 2021(令和3)年大阪の芭蕉忌

いつの世も寄り添ふ心親鸞忌

(宝塚市)土居美佐子   

 親鸞聖人はさまざまな苦しみに喘ぐ凡夫に寄り添いつつ、念仏を唱えることによって、多くの人々をお救いになった。コロナ禍によって、世界中の人々が困窮し恐怖におののいている今こそ、全ての人々の心に寄り添うという精神に立ち返らねばという思いで、聖人の事績を偲び、報恩講を迎えている作者なのであろう。

みづうみの奥は靄込め御講凪

大津市)石川治子   

 琵琶湖であろう。近江の寺々で御講が勤まる頃、穏やかな日和が続いて、大津あたりから眺めると、琵琶湖の果ては靄が立ち込めているのである。初冬の静かな景色を描きつつ、心のどこかには、近江路を越えて越後へ配流された聖人のこと、或いは、北陸へ巡錫された蓮如上人のことを思っているのであろう。

引き揚げを語り続けて生身魂

枚方市)伊瀬知正子   

 旧盆は終戦の日と重なる。お盆に集まって来た家族たちに、長老というべき人が、戦争体験を語って聞かせているのである。外地からの引き揚げの想像を絶する艱難辛苦、それを乗り越えたから、皆があるのだという話に熱が入る。二度と戦争を起こしてはならぬという語り部の貴重な体験談に、一同、耳を傾けているのであろう。